コラム

 公開日: 2016-08-27 

経営者の語りに込められた「言霊」の光と影

最近よく目にする「言霊」


今から約20年前の1996年、サザンオールスターズが37枚目のシングルとした発売した曲のタイトルが『愛の言霊』でした。


今でこそ「言霊」というコトバを耳にしたことがある人は多いと思いますが、当時はまだそれほど馴染みがあるコトバではありませんでした。


私の中では、サザンの『愛の言霊』が発表されたことを一つの切っ掛けにして、「言霊」というコトバが人口に膾炙するようになったと思っています。


そのお陰で、最近では「言霊」はずいぶん気軽に使われるコトバになりました。


ただし、このコトバを好んで使う分野は、どちらかというと占いや自己啓発系が多いという傾向があります。


その原因の一つは、『愛の言霊』が、サブタイトルを”Spiritual Message”にしていることとは無縁でないかもしれません。


ちなみに、『愛の言霊』の歌詞はどうなっているのでしょうか。一番目の歌詞を見てみましょう。


***************************************

生まれく叙情詩(せりふ)とは
蒼き星の挿話
夏の旋律(しらべ)とは
愛の言霊

宴はヤーレンソーレン
呑めど What Cha Cha
閻魔(えんま)堂は 闇や 宵や宵や
新盆(にぼん)にゃ 丸い丸い月も酔っちゃって
由比ヶ浜 鍵屋 玉屋

童(わ)っぱラッパ 忘れ得ぬ父よ母よ
浮世の侘しさよ
童(わ)っぱラッパ 名も無い花のために
カゴメやカゴメ 時間よ止まれ
エンヤコーラ!

***************************************


歌詞が韻を踏むことを優先して集めたコトバの遊びになっているので、歌詞を見ても「言霊」というコトバの意味を理解することには役立ない歌でした。


まず言えることは、「言霊」はきわめて日本的なコトバで、対応する英語は厳密には存在しません。


”Soul of language”とか”Sprit of Word”という直訳語がありますが、日本と西洋では文化的背景が異なるために、訳しようがないのが「言霊」なのです。


つまり、「言霊」の意味を理解するということは、日本文化と日本人が潜在的に持つバイアスを理解することにつながります。


そして、「言霊」が及ぼす影響は、日本と日本人の生活に留まらず、経営にも無意識のうちに深く根を下ろしているのです。

「言霊」とは何か


言霊とは、ひと言でいうと「コトバと実態(現象)がシンクロする」「あるコトバを口にすることによって、そのコトバの内容が実現する」という考え方です。


もちろん、実際にはこんなことはありえません。


「雨よ降れ」「風よ吹け」と言えば、実際に風雨が生じることがありえないことを、私たちは「科学」によって知っています。


でも、古代の人はそんなことを知りようがありませんでした。


だから、コトバに霊的な力を認めて、それを口にすることによって、現象を起こすことができると考えたのです。


こうした「コトバの力」を信じることは日本人特有のものではなく、太古の昔においては、洋の東西を問わず人間に共通した考え方でした。


たとえば、新約聖書のヨハネによる福音書は、つぎのような文章で始まっています。


***************************************

初めに言(ことば)があった。言は神とともにあった。言は神であった。

この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。

できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。

この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。

光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった。

***************************************


しかし、西洋においては、文明の進化と科学の発達にともなって、人間の使うコトバは単なるコミュニケーションの道具、あるいは絵を描くときに必要な絵の具のように詩や物語をしたためるために必要な材料のようなものと認識するようになっていきました。


だから、西洋では吟遊詩人らによってコトバが詩という域まで昇華し、生命が吹き込まれて初めてそこに霊性が降臨するという風に考えられています。


その一方で日本において、今日に至るまで、文脈すら形成される以前の単語、下手したらその音節にすら「言霊」という霊性が宿ると信じられています。


しかも、日本人への言霊の影響は無意識に深く根差しているために、おおくの人が自分には関係のないことだと思っているはずです。

言霊が日本人に与えている影響


<縁起でもないことを言うなよ!>

よくある状況として、何ヶ月も前から準備をしている友人同士の旅行の打合せ場面を想像してください。


「こんなにキッチリ予定を組んだけど、雨に降られたらすべて台無しだね」などと、あなたが言おうものなら、「おいおい、縁起でもないことを言うなよ!」という非難の声があがるはずです。


それでも、「雨が降らないという保証はないからね」としつこく食い下がると、「そんなこと言って、本当に雨が降ったらどうするんだよ!」と責められるでしょう。


そして、旅行の当日に実際に雨が降ろうものなら、「おまえが、あんなこと言ったから、こんな悲惨なことになったんだ」と詰られることになります。


あるいは、日本には慶事には口にしていけない「忌み言葉」というものがあります。


以下に、その一例を示します。


結婚についての忌み言葉
終わる/切る/切れる/ 破れる/破る/別れる/離れる/出る/出す/戻る/去る/ 帰る/帰す/返る/返す/ 飽きる/滅びる/苦しい/ 壊れる/とんだこと/とんでもない/なおまた/ではまた/かさねがさね

入学についての忌み言葉
やめる/崩れる/壊れる/失う/破る/流れる/落ちる/終わる/倒れる/消える/取り消し/ 変更/中止/中途半端

開業についての忌み言葉
閉じる/さびれる/つぶれる/失う/破れる/敗れる/負ける/詰まる/倒れる/傾く/赤/紅


このように、未だに日本には、場面によって口にしてはいけないコトバがあり、実際に口にしたコトバが実現するという感覚を持っている人が多いのです。


<旦那・嫁・パパ・ママ・課長・部長・社長>

日本人と欧米人を比べてみると、人の呼び方に大きな違いがあります。


欧米人は、基本的に相手の名前を呼びます。親しさの程度や立場の違いに応じて、ファーストネームになったりファミリーネームになったりすることはありますが、直接名前を呼ぶことに違いはありません。


Mike julia Mr.Smith Ms.Monroe Dr.Davis・・・


しかし、私たち日本人はどうでしょうか。


夫婦間ですら、ファーストネームで呼び合っている人はまずお目にかかりません。


「タカオは今日何時に帰ってくるの?」「ミユキは今日遅くなるんだっけ?」なんて会話は、どうも耳慣れません。


日本人としては、新婚間もないラブラブ夫婦ならば、「ターくんは今日何時に帰ってくるの?「ミーちゃんは今日遅くなるんだっけ?」と、あだ名で呼び合う人が多いでしょう。


そして、子どもが出来ると、お互いを「パパ」「ママ」と呼び合うようになるもの、日本人の特徴と言えるのではないでしょうか。


ましてや、他人に自分の配偶者の話をするときには、「タカオは最近出張が重なっている」とか「これミユキが作ってくれた弁当」などと言う人はいませんし、聞く側もなんか生々しくて嫌な感じを持つ人が多いのです。


だから、女性は配偶者のことを「主人・旦那・亭主」と呼び、男性は「嫁・奥さん・奥方」と、バリエーションはいくつかあっても代名詞で呼ぶのが普通です。


このように、人のことを代名詞で呼ぶ習慣は家庭内に留まりません。


職場においても、上司のことをファーストネームで呼ぶのは論外としても、ファミリーネームで呼ぶという習慣がありません。


「課長」「部長」「社長」と肩書きだけで呼ぶ会社が、ほとんどのはずです。


最近、こうした社内で肩書きで呼び合う習慣を止めて、「さん付け」で呼ぼうという運動に取り組んでいる会社が増えましたが、なかなか浸透するのに時間がかかります。


私も、かうて二代目社長として会社を引き継いだときに、社内の風土改革の一つとして、この「さん付け」運動を実施しましたが、1年経過後も半分の人は直せないままでした。


日本人が人を呼ぶときにズバリ名前を口にしないのは、シャイな性格のせいでしょうか。


それもあるかもしれませんが、もっと別の理由があります。


その昔、日本では実名のことを「諱(イミナ)」と言っていました。


その音からわかるように、「忌み名」から来ているコトバです。


忌むとは、「避ける」「遠慮する」「憚る(はばかる)」ことを意味します。


古代の世では、実名を軽々しく口にして多くの人に知られると、呪詛(じゅそ)をかけられる恐れがあるから、なるべく隠す必要があったのです。


だから、子どもが生まれると、鬼神に目を付けられないようにわざと汚い名前をつけ、無事成長したら改名することが普通でした。


たとえば、豊臣秀吉と淀君に間にようやく生まれた男子に「棄丸(すてまる)」と名付け、のちに「鶴松」と改名しました。


しかし、鶴松はわずか三歳で夭逝したので、つぎに生まれた男の子には「拾丸(ひろいまる)」と名付けています。


その他、誰でも知っている紫式部や清少納言は単なる愛称で、本名は伝えられていません。


これを日本おける女性差別の実例にあげる人もいますが、むしろかよわい女性の実名をみだりに明かしてはならないという、言霊の考え方が強く働いているのです。


時代劇で有名な『遠山の金さん』ですが、あの話の中で彼のイミナは出てきません。


彼が町人の態のとき「金さん」と呼ばれているのは、通称が「金四郎」だからです。


そして、奉行職としてお白州に登場するときには、「遠山左衛門尉(さえもんのじょう)様、お成~り」と呼ばれますが、「左衛門尉」は官位に過ぎません。


彼のイミナは「景元(かげもと)」ですが、「景元」と呼んでいいのは将軍か父母くらいのもので、大名同士でも老中であったとしても、遠山金四郎景元のイミナを呼んではいけないのが仕来りだったのです。


「私は近代的文化人だから言霊なんていう古くさい考え方とは無縁だ」と思いたいのはやまやまでしょう。


でも、言霊は日本人に深く染み付いていて、逃れたくても逃れられない因習になっていることが、お分かりいただけたでしょうか。

今日の経営にも宿る言霊


A コトバの言い換えで実態から目を反らす

言霊とは「コトバと実態がシンクロする」あるいは「こう言えば、こうなる」を基本原理としています。


そこから派生して、「こう言わなければ、こうならない」、または「こうならないために、こう言うな」という考え方が出てきます。


つまり、実態を変えなくても、それとシンクロするコトバの方を変えてしまえば、実態の方も変わるという理屈になります。


しかし、「逆は必ずしも真ならず」ですから、実際問題としては、コトバをどんなに言い換えたところで「こう言わなければ、必ずこうならない」とはなりません。


「雨が降る」と口にしなければ、絶対に「雨が降らない」ことなどありえません。


でも、無意識に言霊の支配下にある多くの日本人は、コトバと実態の間に相関関係どころか因果関係があると信じています。


そこで、実態を改革するのに大きな困難や耐え難い不都合があると、コトバの方だけ言い換えることによって、実態が変わったような気になって安心してしまうという困った癖があるのです。


*価格を引き上げるときに、「値上げ」と言わずに「価格改訂」と言う。

*不祥事を詫びるときに、「誠に申し訳ありませんでした」と言わずに「遺憾に思う」と言う。

*決算内容に誤魔化しがあるときに、「粉飾」と言わずに「不適切」と言う。

*デザインの模倣があるときに、「盗用」と言わずに「トレース」と言う。


そのほか、社会的なことがらについても「片親」を「シングルマザー」とか、「乞食」を「ホームレス」とか、「憎悪発言」を「ヘイトスピーチ」とかいった多くの言い換えがあります。


過去を振り返っても、「侵略」を「進出」、「戦闘」を「事変」、「全滅」を「玉砕」、「敗戦」を「終戦」と言い換えて来た歴史があります。


このように、 単なる言い換えによって他人事のような手触りにすることで、問題の本質を曖昧にする悪しき習慣が、現代の経営にも息づいています。


B 腹に響かないコトバ

また近時、言霊のプラスの側面だけに焦点を当てて、「夢を口に出すと叶う」とか「魂を込めて語れば、聞き手に伝わる」という主張をする人が増えています。


*経営者が新年に語る年頭の挨拶

*社運を賭けた新商品発表会で語られるこだわり

*公式HPに綴られた経営理念やビジョン


自らのコトバに魂を込めて、相手に伝えたい気持ちはきっと溢れんばかりにあるのでしょう。


でも、コトバの意味は伝わってくるけれど、そのコトバの「響き」は伝わってこない。心に響いてこない。


いや、正確に言えば、「心」ではなく「腹」に少しも響いてこないことが多いのです。


せっかく良いコトバで語っているにもかかわらず、まるで作文を読んでいるような気の抜けたコトバが素通りしていってしまいます。


その理由は、コトバが「祝詞(のりと)」になっているからです。


祝詞とは神前結婚式や地鎮祭に列席したことがある人なら耳にしたことがある神主が神様に奏上するコトバです。


言霊信仰が生み出した祝詞の特徴は、「忌み言葉」にあたる不吉なコトバを一切使わないところにあります。


祝詞は神道の世界だけに生きているのではなく、ビジネスの世界で語られるコトバの多くが、不吉なコトバを避けているという点で祝詞同然となっています。


なぜなら、言霊の支配下にあるため、無意識のうちに「マイナスなことは考えない、口にしない」ということが語り部の胸中でセットになっているからです。


人間は絵空事に対して心を動かされることはありません。


心に届き腹に響くコトバとは、現実味や真実味があることが条件ですが、その条件を満たすためには、「良いこと悪いこと」「楽しいこと苦しいこと」「得すること損すること」といった表裏一体としての世の中をきちんと描き出す必要があります。


一方的に「良いこと」「楽しいこと」「得すること」だけを強調してみても、現実には起こるはずの「悪いこと」「苦しいこと」「損すること」にどのように向かい合い、そして乗り越えていくかが一切語られない話は真実味が欠けるのです。


C 取り組みに偏りがある経営課題

前回のコラム(外部のベストプロを活用する本当の意味-必要なのは正しい「答え」)で、日本の特に中小企業の経営において外部の専門家を活かしていく意味とその条件について書きました。


簡単におさらいすると、「手段志向」から「価値志向」への転換を行い、「何をやるか」ではなく「なのためにやるのか」という立脚点の変更の必要性があるという話をしましたが、実は現代の経営に宿る言霊がプロフェッショナルの活用を阻む原因の一つになっています。


経営者の多くは、「売上が伸びる」「利益が増える」「社員が成長する」「集客が楽になる」といった前向きなテーマに対しては大いに関心を持ちますが、「売上1位の売掛金が焦げ付く」「銀行に融資を断られる」「法規制が変わる」「社員が不祥事を働く」といった後向きなテーマに対しては、興味を持たないどころか嫌悪感すら抱きます。


「うちに限っては、そんなことあり得ない」「仮定でものを考えても仕方がない」「そうなったら、そのときに考えるまでだ」と、とことん視野から追い出そうとします。


また、新規事業の戦略を立案し、実行計画を策定するときでも、実効性があり具体的な撤退方針と計画を織り込むことが抜け落ちます。


だから、万事手抜かりがないようにと考え「この計画の失敗を決める評価基準と、撤退計画を事前にきちんと考えておきましょう」という善意の発言すると大変なことになります。


「あなたは、この計画が失敗すると思っているのですか」とか「君は、この計画が失敗すればいいと考えているのか」とかいった合理性の観点から見ると斜め45度からの非難を受けることがあるからです。


だから、売り込む側は「6ヶ月で売上200%アップ!」という単純明快かつ前向きなキャッチー・コピーに走ることになりますが、前向きなテーマの世界は多くのプレーヤーが群がるレッドオーシャンなので、それはそれで苦労が絶えません。


でも、「好調な企業の隠れ倒産確率診断」とか「外部環境の変化に対する抵抗力向上」とか「創造的企業破壊と再構築」みたいな一見すると後向きなテーマの世界は、プレーヤーがほとんどいなブルーオーシャンではありますが、魚もほとんどいない空の釣り堀のような状況です。


もともと企業再生を手掛けるなかで、あまりにも手遅れな状態になってから相談に来る会社が多かったので、救急救命も大切だけど、予防医学はもっと重要だろうと考えて動的安定経営化の導入を支援していますが、この分野で経営者の無意識に刷り込まれた言霊信仰を乗り越えるためには、一層の工夫と努力の継続が必要です。


D 弁護士の苦戦から見える経営者の意識

士業の中でも、案外弁護士が集客に苦労しているのも、同じく言霊が影響しているのだと思います。


中小企業の弁護士活用についての実態調査結果を見ると、顧問弁護士がいる企業の割合は4割を切っています。また、実際に弁護士に依頼をしたことがある企業は約半数に留まっています。

参考リンク▼
「中小企業の弁護士ニーズ全国調査報告書」(2008年 日本弁


そして、弁護士を使わない理由のトップは「特に弁護士に相談すべき事項がないから」が74.8%となっています。


ただし、この理由を額面どおりに受けとるわけにはいかず、報告書の中で指摘している以下の記述が重要です。


***************************************

ここで、「特に弁護士に相談すべき事項がないから」という理由が弁護士を利用しない一 番多い理由であるが、これが、分析手法上の「認知」に該当する。

すなわち、弁護士を利用するには、弁護士に相談する事項であるという意識がなければならないのであり、その意識のない場合には弁護士に相談するわけがないからである。

ここで問題は、果たして「特に弁護士に相談すべき事項がないから」という理由をそのまま受け取ってよいのかという点である。

その理由を記載している企業は、74.8%という多くの企業であるわけだが、他方では、弁護士に相談した企業の結果としては、78.5%の企業が不満を感じていないのであって、相談したことを肯定的に評価している。

この意味では、 「弁護士を利用したことがない理由」の最大の理由になっている「弁護士に相談すべき事項がないから」は、弁護士を利用していないことの結果にしか過ぎず、弁護士に相談しようと思わない理由と考えてよいかは疑問と考えなければならない側面もあろう。

***************************************


私に言わせると、弁護士に相談すべき事項なのにそうしない理由は、まさに言霊が影響しているからでしょう。


経営者の多くは、顧問弁護士を置くことを予防的な措置とは考えず、むしろ問題が頻発し弁護士が活躍するする状況が実現する引き金になると思っている。


だから、「うちには弁護士なんか必要ないんだよ」と言っていれば、実際に困りごとが起きないに違いないと。


そして、実際にトラブルが発生しても、弁護士に相談をすることは、当事者間の相対交渉では解決しようがないほど深刻な問題が存在することを決定付けてしまうので、なるべく相談はしたくない。


法律的な問題についても、「転ばぬ先の杖」という発想が経営者に乏しく、いざ事件・事故が起きても何とか水面下で穏便済まそう、場合によっては無かったことにしようと画策して、最後に二進も三進もいかなくなってから渋々ながら弁護士に相談するという典型的な姿が浮かんできます。


この弁護士の状況を見ても分かるように、経営の分野においても、目先のことではなく中長期的な時間軸の中で「リスクを排除していく」「積極的に変化を先取りしていく」ことを推進することは、経営者の自覚に頼り成り行きに任していては実現が難しいと、言わざるを得ません。


なぜなら、経営者が「外部の専門家に特に相談すべき事項がないから」という言霊に支配された歪んだ現状認識をしている以上、現実には課題は山積しているのに、認知上課題は存在しないということになるからです。



動的安定経営の実現に当たっては、企業の強み・価値・ビジョンなどを明らにしコトバへ落とし込んでいくに当たり、人が言霊に無意識に支配されていることを認識することで、真実味に欠けた上滑りなものにならないことに力点を置きます。



また、将来の「忌むべき事態」から目を反らさずに、事前にリスクの芽を摘み取る、さらには創造的破壊によって変化を先取りする、そして、その画期的な変化を可能とする柔軟な経営基盤を作りあげることを動的安定経営の真髄と考えています。

清水 泰志

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