コラム

 公開日: 2016-03-30 

「保育園落ちた日本死ね」  ~ 一億総活躍社会における経営とはなにか?

 「保育園落ちた日本死ね!!!」というブログが注目をあつめた


「保育園落ちた日本死ね!!!」というタイトルで書かれた匿名のブログ記事が、ネット上で大きな話題になり、その後国会でも取り上げられたことを知る方は多いでしょう。


このブログは、上記のタイトルのもと、以下の文章で始まります。


何なんだよ日本。

一億総活躍社会じゃねーのかよ。

昨日見事に保育園落ちたわ。

どうすんだよ私活躍出来ねーじゃねーか。


この文章において注目すべきは、二行目に出てくる「一億総活躍社会」という言葉です。


「一億総活躍社会」とは何かについて、ご存じの方も多いと思いますが、簡単におさらいをしておきます。


2015年10月27日、第三次安倍内閣の発足を受けて新しい自民党のポスターが公表されたときに、新内閣のスローガンとして「一億総活躍社会へ」とポスターの中央下に書かれました。


それは、具体的にどんな社会なのかについては、首相官邸HPの「一億総活躍社会の実現」というページに、以下のように書いてあります。


若者も高齢者も、女性も男性も、障害や難病のある方々も、一度失敗を経験した人も、みんなが包摂され活躍できる社会

一人ひとりが、個性と多様性を尊重され、家庭で、地域で、職場で、それぞれの希望がかない、それぞれの能力を発揮でき、それぞれが生きがいを感じることができる社会

強い経済の実現に向けた取組を通じて得られる成長の果実によって、子育て支援や社会保障の基盤を強化し、それが更に経済を強くするという『成長と分配の好循環』を生み出していく新たな経済社会システム


安倍首相は、「アベノミクスの第二ステージに移る」と言い、「新三本の矢」と銘うって、GDP600兆円、出生率1.8、介護離職ゼロを掲げ、これらを実現することで50年後も人口1億を維持し、みんながもう一歩前に出ることができるような日本に変えていかなければならない、と主張しています。


それが「一億総活躍社会」である、と言っているわけです。


ただし、政策という土俵で考えると、それほどスマートな提言とは言えないところが多々あります。


「アベノミクスの第二ステージに移る」と言いながら、一方で「第一ステージの成果」は総括されていない。

「矢」という表現について言えば、前回の「三本の矢」は手段だったが、今度の「新三本の矢」は具体的な数値目標で、そもそも「矢」の意味合いが違う。

一億総活躍社会という概念は、第二次安倍政権になって出てきた様々な政策を言い替えているだけで、それを新たにまとめなおして、キャッチフレーズを作りたかっただけだ。


そこで、一億総活躍社会は、官邸が「政策」ではなく「国民運動」として考えているに過ぎず、PR活動、世論対策が主たる目的で、「政策」として何かを実現しようというのではない、という見方が有力になってきます。


だから結局のところ、短期的視野で「政権浮揚や2016年の参院選にプラスになればいい」と考えられた政局の発想でしかない、という批判が出てくるわけです。


しかし、私がここで取り上げたいことは、政治を考えたり、政策論争をすることではありません。


この「一億総活躍社会」が実現しようとしている社会の未来像に、政治家、官僚をはじめとして、経営者や会社員を問わず、おおくの人が何ら疑問を抱いていない点にこそ、熟考を要する重大な課題が潜在化しているのです。

出生率の上昇は政策によって解決できる課題か?


2006年をピークに、日本は既に総人口が減少する局面に突入しています。同時に、人口動態の少子高齢化も加速しています。


安倍首相は、50年後において日本の人口が1億人を割らないことを目指していますが、その理由は、国民人口が減少し続ければ、GDPの成長率がどんどん下がり、マイナス成長になる可能性があるからです。


だから、出生率を引き上げる必要がある。そのためには、出産にかかる費用や育児給付を手厚くすることが急務であるという議論がでてきます。


そして、出産後も待機児童をゼロにすることで、早期に育休から復帰できる環境づくりの必要性が叫ばれています。


とにもかくにも、少しでも労働力人口の減少を食い止めることで、日本経済の成長性を維持し、『成長と分配の好循環』を生み出していく新たな経済システムが確立された「一億総活躍社会」の実現すること。


このビジョンに、大きな異議を唱える人がほとんどいないのが、今の日本の状況です。


もちろん、国だけに留まらず企業においても、子育てがしやすい環境づくりを積極的に進めることは、国民生活の安寧化対策としては、個人的にも支持したい内容です。


しかし問題は別のところにあります。


それは、政策出動により出生率を上昇させて人口減少に歯止めをかけるという議論において、そもそも原因と対策がうまくかみ合っていないことにあります。


ましてや、経済成長を維持しなければ、人口が減り続け国家が衰退してしまう、あるいは総人口を維持することが、経済成長の条件だという議論は、本末転倒した話なのです。


歴史人口学者であるエマニュエル・トッド氏らが、世界中の国の人口動態と社会構造の変化に関して調査を行って得た仮説の一つとして、「民主化の進展、教育の普及、識字率の向上、女性の社会的地位の向上という一連のプロセスと出生率との間には、負の相関関係がある」という考えを発表しています。


つまり、民主化が進むことで、女性の識字率が上昇し、地位も向上すると、その国の人口は増大傾向から減少傾向へ推移するというのです。


有史以来、ほとんどの国と地域で、社会制度や宗教の違いに関わらず、民主化の進展と女性の地位向上が進むと、あるところから人口増大にブレーキがかかるという現象を示しているとの指摘です。


もしこの仮説が正しいなら、人口減少に歯止めをかけ、もう一度経済成長の軌道を取り戻そうという主張は、原理的に無理な話ということになります。


つまり少子高齢化は、政策的出動の失敗によって招来されたものではなく、むしろ社会が成熟し、経済が成長した結果として招来されたと捉える方が自然なのです。

そもそも人口減少は大問題なのか?


少子高齢化の進行し日本の総人口が減ることは、由々しき事態であると、おおくの人が無批判に信じています。


しかし、なぜ人口が減少することが大問題なのかという理由については、社会の活力が失われるからといったザックリとした説明以外に、説得力のある話を聞くことはありません。


そもそも、有史以来日本において、短期的な状況において人口が減少することはあっても、長期的な潮流として人口減少の局面を経験したことがありません。


つまり、私たちは、人口減少によって具体的に社会と経済に何が起きるのかに関しての参照すべき事例を持っていないのです。


だから、人口が減少すると、経済が停滞するといったことや、社会の活力が低下するといったことは、単なる想像か仮定の話に過ぎません。


たしかにGDPが総労働人口と有意な相関性を持っていることは、合理的に推論できることです。


しかし、それが由々しき事態であると言うためには、同時に一人当たりの購買力が低下し、国民一人ひとりの生活の質がトータルな意味で低下すると断言できなければなりません。


国民一人当たりのGDPにつて、IFM統計による事実が指し示すところは、以下のとおりです。



名目GDPベースで対ドル為替レートとの関係もあるので、細かい数字はともかくとして、過去15年間に渡って、一人当たりのGDPが下降を続けている傾向に間違いはありません。


しかし、単純な算数の話をすれば、この指標の分母は総人口なのだから、この先GDPが大幅に伸びないとしても、総人口が大きく減少すれば、むしろ一人当たりのGDPの低落傾向が底を打ち、場合によっては再上昇する可能性も否定はできません。


2000年以降、国民一人当たりのGDPの世界ランキング1位はルクセンブルクで2位がノルウェーというオーダーが続いていますが、ルクセンブルクの総人口が50万人足らずで、ノルウェーの総人口が500万人に満たないことを見ると、人口減少が一人当たりのGDPとの相関関係において、大問題であると言いきれないことを示唆しています。


別な言い方をすれば、今日もおおくの日本人が世界でも珍しい狭い住宅に住み、世界でも珍しい満員電車で通勤通学し、いつやってくるかわからないリストラの恐怖に怯えています。その原因は、人が多いからに他なりません。


いずれにしても、今までと同じことを同じやり方で頑張ってみても、総人口が減ることで一人ひとりが豊かになる可能性は限りなく低いはずです。


だから、人口が減少したことを契機として、WHY・WHAT・WHO・WHERE・WHEN・HOWすべてを見直すことで、社会と経済に質的に大きな変化を起こす必要があります。


それにも関わらず、「観光立国」くらいしか具体的処方箋を持たない日本の現状こそ、むしろ問題なのではないでしょうか。

1000年に一度の歴史的転換点における経営


さて、現在の日本で起きている少子化と総人口の減少という状況は、100年に一度どころか1000年に一度というほど未曾有の事態であることは間違いありません。


同時に、それが何を意味しているかについて憂慮しようが楽観しようが、社会と経済の様子が、今後どのように変化していくかについては、的を射た想像ができないという厄介な局面に入ったのです。


問題は、人口が減少することそのものではなく、それが及ぼす影響についてクリアな予測ができないことにあると、言い替えられます。


もちろん、安倍首相が主導する「一億総活躍社会」の施策が効を奏し、この先10年のうちに人口減少に歯止めがかかり、再び経済成長の軌道が回復するかどうかは、誰も断定的に語ることはできません。


でも少なくとも、経営をしていくうえでは、総人口減少を前提として、その環境下における事業存続の設計図を描いておくことの必要性は誰も否定できないはずです。その際のキーワードは動的安定性になります。


最も意味をなさない取り組みは、1000年に一度の事態に対して、過去の延長線上に視点を置いて、近視眼的な対処策を考えることです。


それは、単に、子育てをする社員が働きやすい企業づくりとか、ワーキングマザーというセグメントに対するマーケティングといった次元に留まっていてはダメだということを意味します。


つまり、経営者には、新たな地平線を見据えながら、事業における価値観を脱構的に再構築するという覚悟が求められます。


このような歴史的な転換点において、企業経営ができることは、望んでも出来ることではないという意味で、僥倖の限りだと思います。


そして、この状況に悲観的になるのではなく、破壊的創造に邁進する経営者が、次世代の作り上げていくことになるのです。

清水 泰志

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