コラム

 公開日: 2015-12-18 

「厳しい経営環境」という言葉が好きな社長が知らない本当の”厳しさ”

経営者が訓辞でよく使うコトバは「厳しい経営環境」


社長という職責を担うと、年頭の挨拶を筆頭として、社員や取引先を前にして話をすることが多くなります。


そうした企業トップが語る挨拶や所感を見聞きしていると、「厳しい」という言葉が必ず出てきます。


「厳しい」市場環境、「厳しい」経営・・・等々


デフレから完全に脱却しきれない昨今の状況が、社長のコトバにも影響を与えているのは間違いありません。


でも、仮に好業績でウハウハだったとしても、経営者たるもの、「勝って兜の緒を締めよ」という格言を思い出して、決して「我が社のこの先1年間は希望に満ち溢れていて何らの不安もない」などとは言わないものです。


だから、多くの経営者が、話の冒頭で「厳しい経営環境」という枕詞を好んで使うのです。


たしかに、そういった精神論も必要ですが、本当のところ経営環境の「厳しさ」をどのように認識しているのでしょうか。


たとえば、暖冬で冬物の衣服が売れないとか、悪天候のせいで来客数が減ったなどという話は、ミクロ過ぎる視点です。


それではと言うことで、円安で中期的に材料費が高騰しているという状況を語っても、まだまだミクロな視点から抜け出ていません。


本当の厳しさとは、もっともっとマクロ的に長い時間軸で俯瞰しないと見えてこないのです。


急激に拡大を続けた戦後の日本経済


ところで、資産運用の世界ではα(アルファ)値とβ(ベータ)値という言葉が使われます。


厳密な定義はこの場では必要ないので簡単に言うと、βとは市場全体のリターンを表す言葉で、αとは個別銘柄のリターンとなります。αがβを上回ることもあれば、下回ることもあります。


つまり投資家は、以下の2つの選択をして投資をしています。

・どの市場(β)に投資するか
・誰の運用方針(α)に投資するか


この2つの値を経営の世界に当てはめると、以下のように置き換えられます。

・αは、経営者の手腕
・βは、日本経済の成長


βを表すものとして、1992年のGDPを100とした日本の過去60年間の名目GDPの推移を表したグラフが役立ちます。





このグラフを見れば明らかなとおり、1990年代に入るまでの日本経済のβは順調に推移していました。


バブル景気崩壊後から2年が経過した1992年のGDPを100とすると、「もはや戦後ではない」と言われた1955年のGDPは2でしかありませんでした。


それが、1955年から25年経過した1980年に50となり、1980年からは半分の12年間で100に達しています。実に37年間で50倍になったのです。


1970年代に2度ののオイルショックという景気後退期があったにも関わらず、日本経済は急激な成長を続けて来たことが分かります。


日本経済という拡大市場に乗っかっていれば、よほど間違った経営をしない限り、誰でも経営ができた。それが戦後の日本経営環境だったのです。


過去の多くの経営者が自分の手腕を過大評価していた


しかし、実はこうした恵まれた環境のもとでも、経営者の手腕であるαの差は存在していたはずです。


でも、日本経済のβが順調に伸びていく限りは、市場へ投資した誰もが、大小の違いこそあれプラスのリターンを得られていました。


前年に比べて今年は市場が10%拡大したときに、優秀な経営者は企業を20%成長させるが、出来の悪い経営者は8%に留まるという違いがあったのです。


しかし、対前年比の数値がプラスであるということだけで、多くの経営者が会社を順調に運営していると信じ、自らの手腕を勘違いしていました。


特に、堅実な経営を行うより、借入をして成長する市場に投資をした企業は、無借金経営の企業より大きなリターンを得たはずです。


仮に、多少投資に失敗したとしても、市場の成長がその傷跡を飲み込んでいったのが、20世紀の経営です。


この時代の経営者にとって、何か一つビジネスモデルを持てば、あとは市場の拡大に追いつけ追い越せで、商圏の拡大、生産力の強化、販売力の強化をすることが、経営戦略だったのです。


ところで、昨今、グローバリゼーションという言葉が大流行です。


国境を跨いで、ビジネスを展開していくことがグローバリゼーションで、それは先進的な素晴らしい取り組みだと思っている人が多いかもしれませんが、実はそんな格好いい話ではありません。


グローバリゼーションとは、「質的変化を伴なわない拡大」に過ぎません。同じビジネスのやり方を面で増やそうというだけのことです。


つまり、ビジネスの質的進化を行わずに、水平的展開を図ることがグローバリゼーションの本質です。


国内に限定されていた物理的範囲が、新興国を中心とした国外へ拡大した途端に「グローバリゼーション」という聞き心地の良いカタカナ言葉に変わっただけです。


そういう意味では、経営環境が大きく変わったと言いながら、やっていることに大きな違いはありません。


20世紀の経営では国内で質的進化を伴わない水平展開を行い、21世紀になって海外にまで範囲を拡大して質的進化を伴わない水平展開をすることが、経営戦略の主流なのですから。


グローバリゼーションとは、言い替えれば(表現が乱暴で恐縮だが)、馬鹿の一つ覚えということになります。


しかし20世紀の最後、1990年代に入り日本のβは一変しました。


それまでの右肩上がりの市場の成長は消え失せ、日本経済というβの場では、α=経営者の手腕の方が重要な要素になってきたのです。


そこで、市場が10%伸びているときに8%に甘んじていたにも関わらず危機感を抱いていなかった経営者は、市場がゼロ%成長になると、自社はマイナス成長に転落して慌てることになりました。


そして、市場の拡大に乗じて経営する手法しか知らない社長は、市場の成長を上回る成長をした経験はないし、ましてや今後それを可能とするための知識も能力もないので、途方に暮れることになったのです。


ゼロサム・ゲームではなく価値の創出こそが経営のテーマ


2000年以降、市場のパイが増加しなくなったどころか、減少し始めると、ビジネスは限られたパイを他社から奪って自社のものにするというゼロサム・ゲームへと変容していきました。


しかも、ゼロサム・ゲームに勝つための手段が「安売り」オンリーになったのが、バブル景気崩壊後の日本の企業行動でした。


限られたパイに対して、儲けを削って安売りを行えば、その市場の儲けの総和は当然に減少します。


そうこうしているうちに、必要なモノを安く手に入れ終わってしまった消費者が、「どんなに安くても、必要がないモノは要りません」という状態になったことで、デフレを加速したというの実態ではないでしょうか。


多くの企業は、「デフレだからモノが売れない」と考えていますが、それは順逆が異なります。


必要がないからモノを買わないだけです。


しかもデフレを長引かせている責任の一端を担っている企業の数は、驚くほど多いのです。


経営者自身が、デフレの被害者ではなく、むしろデフレの加害者であるという認識を持たない限り、アベノミクスがあろうがなかろうが、この長いトンネルから抜け出すことは難しい。


そのうえで、日本経済というβが期待できない場では、αとしての「経営者の手腕」が剝きだしで問われる時代になっているという痛烈な認識を全ての経営者が持たなければなりません。


もちろん、この事実に早々に気付いて経営者としての研鑽を積み増している方も少なからずいます。


しかし残念ながら、MBAを取得しようが、企業風土改革をしようが、ICTを導入しようが、期待を上回る効果を得られていない企業が圧倒的に多いはずです。なぜなら、それらは全て対処療法に過ぎないからです。


どこまで行っても、顧客の財布の中身を他社から奪うために何をするかという発想を持っている限り、ゼロサム・ゲームから脱出することはできません。


簒奪(さんだつ)の思想から価値の創出をいかに行うかという考え方に、パラダイムシフトすることが、経営者の手腕としてのα値を上げるための必須の条件です。


騏驎も老いては駑馬に劣る


きりんもおいてはどばにおとる

「騏驎」とは、一日に千里も走るすばらしい馬。駿馬のこと。

「駑馬」とは、足ののろい駄馬。転じて、平凡な馬・愚かな馬のことをいう。

騏驎のようなすぐれた名馬であっても、年老いると足ののろい駄馬以下になるという意味から、いかにすぐれた人物であっても老いによってその才覚は鈍り、普通の人にも劣るようになるということ。


この故事は、「昔取った杵柄」の反対の言葉として使われることが多いのです。


「騏驎も老いては駑馬に劣る」という故事をアイコンとして語りたいことは、これからの経営者に必要なことは「昔とった杵柄」ではなく、「新たな杵柄」だということです。


心有る経営者は、市場の拡大を前提としていた「昔取った杵柄」が使い物にならないことに、既に気付いています。


しかし、「新たな杵柄」を力強く握りしめることができないところに、より深い経営の混迷があります。


「売上」という言葉に囚われている経営者は、「昔取った杵柄」を握りしめています。「利益」に注目していても、原価や経費の管理によって増大を図ろうとしている経営者も、まだ「昔取った杵柄」の域を出ていません。


月次決算を導入し業績管理をマンスリーで行い、さらに経営計画を策定している経営者は相当に筋が良い。しかし、まだ握っている「杵柄」は「昔取った杵柄」のままなのです。


では「新たな杵柄」とは何なのでしょうか。


そこを考え抜いて、仮説を持つことが、これからの時代に求められているα値が高い経営者なのです。

清水 泰志

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