コラム

 公開日: 2012-12-27  最終更新日: 2014-07-31

冬季訪中修行(五)

2012年12月26日。

前日、師より、

「明日の朝は、“8時ごろ”に公園で練功しているように」

「時間があれば行く、私が来なければ自分たちで練功しなさい」

と指示を受けていたので、私は8時前には公園に到着していました。

中国の一般的な習慣だと、30分の時差があるので、“8時ごろ”
というのは8時半ごろ、ということになるのですが、伝統武術界の
常識は違います。
日本人の礼儀をそのまま尽くせば、まず問題ありません。

師が「時間があれば行く」とおっしゃられるときは、ほぼいらっしゃる
可能性はないので、私は、

(きっと昨日聞かせていただいた拳論を、自分たちでよく考えなさいと言うことだ)

と思って、この日は自主練功をする心構えで公園の中を歩いていました。

寒さに慣れたのか、風が無いからなのか、寒いという感覚はほとんどありませんでした。

むしろ、寒さが心身を引き締めてくれるので、心地よくすらありました。

いつも公園の入り口付近の人気の少ない松林で練功しているので、
奥まで入るのは久しぶりでした。

ふと前方を見ると、『采気功』を行っている女性がいました。
静かな空気が辺りに流れていて、見ているだけで心が落ち着きます。

極寒の北京の冬の公園で采気功を行う女性

『采気功』は静功の一種ですが、難しく考えないで、相性の良い樹の側で
静かに時間を過ごすだけでも心身の調整になります。

我々のように、武術を練功する者は、どんなに寒くても、帽子と手袋とマフラーは
身に着けてはいけません。

特に、師の前では厳禁です。

礼を欠くことになります。

しかし、養生のために気功を行う者は、冷気から体を守らなければならないので、
必要に応じて、過剰にならない程度に着込むことが大切です。

そんなことを考えながら歩いていると、藤の木を見かけました。
中国の植物は、造形が本当に躍動的です。

藤の木

師に指示された場所にたどり着いたのですが、先客がいらっしゃり、
黙々と太極拳を練っていたので、私はすぐ隣の空地で練功する
ことにしました。

北京の公園で太極拳を練る男性

マイペースな弟弟子は、案の定まだ来ていません。

「場所がわからなかったら電話する」

と言っていたのですが、掛かってきそうにもないので、一人で始める
ことにしました。

不思議です。

昨年の同じ時期に同じ場所に修行に訪れたときは、師に練功不足を
叱られて、放置されて、泣きながら数日間一人ぼっちで練功をしたの
ですが、今年はそのように切羽詰った感じがありません。

まだまだ未熟ですし、これから学ばなければならないことはたくさん
あるのですが、それでも積み重ねてきたものもあります。

溶け残っている雪と、澄み渡る氷点下の空気を吸いながら、今日この日を
生きていることが、とても幸せに感じました。

ゆっくりと、おだやかな気持ちで、八卦掌の基本功を行っていると、
先ほど見かけた太極拳を練っていた男性が、ずっとこちらを見ていました。

見物されるのはいつものことなので、気にしないで練功を続けていると、
逆の方向から誰かが近づいてきて、立ち止まると、やはりこちらを見ている
気配を感じました。

「さすがに、これ以上増えたら嫌だなぁ」

と少し思ったのですが、この日は何より体調が良く、練功していることが
心地よかったので、気にせず続けていると、

・・・

なんだか、違う雰囲気を感じます。

何気なく、視線を流すと、

!!!

一瞬、

白い雪の中に、黒豹が佇んでいるのかと思いました。

「あわわ、老師、来てくださったのですか!」

私が慌てて頭を下げると、

「練功を止めるな、続けなさい」

と、ご表情をまったく変えずに私に指示されました。

師は、襟のところにボアのついた、クラッシックな中国のコートを
羽織っておられました。

決して派手な服装ではないのですが、師の貫禄がそうさせるのか、
まるで黒豹か、黒いライオンのように見えました。

私はせいぜい黒猫です。

それでも一生懸命に基本功を行っていると、やっと弟弟子が現れました。

「自転車に乗って来ようと思ったら、寒さでパンクしてました!」

マイペースな弟弟子の言葉で、少し場が和みました。

師は冗談を一切言いません。

私も、学ぶときは馬鹿がつくほど真面目なので、こういう癒し系の
弟弟子がいると、逆に普段見えない面が見えるので、助かっています。

私が基本功を終えると、師は前日お話してくださった虚実の循環について、
具体的に動作を通じて指導を行ってくださいました。

もう何千回、何万回と繰り返してきた動きの実戦法です。

とてもシンプルな動きに、八卦掌の核心が含まれています。

それは、シンプルが故に美しく、まるで毎年咲くとわかりきっている
桜の花を見たときに、

「どうして、こんなに美しいものがあるということを一年間忘れていたのだろう」

という驚きと似ています。

私は相手を想定して技を行う、という鍛錬方法は、とても苦手だったのですが、
この日は、わずかにですが体が自然に反応します。

師は、

「もう型は良い、これからは次の段階に進む」

「開拳のときだ」

とおっしゃいました。

太極拳を学んで11年、八卦掌を学んで7年、しかし「開拳」という
言葉を聞くのは初めてです。

「老師、開拳とは、どういう意味でしょうか?」

素直に聞いてみると、

「開拳、または開招とも云う」

「つまり、套路の型を実戦法として展開することだ」

「昔の武術家の間では、開手とも云っていた」

「師より、開手をしてもらったかどうか、昔の練功者たちはそう呼んでいた」

この言葉を聴いて、魂が震えない練功者はいないと思います。

私も、魂が震えました。

このまま型の完成度をひたすら上げていくのだと思っていたので、
この段階でそうさせない師の指導力の深さに、改めて感動しました。

私は太極拳を学んでいた頃から、「花拳繍脚」と呼ばれていました。

つまり、動きが美しいばかりで内容を伴っていない、という意味です。

私は決して美しい動きを求めて太極拳を学んでいた訳ではないので、
そう呼ばれる度に、とても落ち込んでいたのですが、いまの師だけは
私のことを、そうはおっしゃいませんでした。

「おまえは、ただ型が正確なだけだ、それでもまだ本質的な動きには足りない」

そう言ってくださり、私に八卦掌の基礎から厳しく指導してくださいました。

「功夫は自分自身で積み上げていくものだ」

「だが、その功夫を開くのは師の役目である」

「よいか、今回の課題は、虚実の循環である」

「それは、実戦においても、養生においても、心の修練においても等しく重要である」

この日は、そう私に念を押して、師は戻って行かれました。

私は4時間、弟弟子は3時間続けて練功していたので、師の姿が見えなくなると、
弟弟子が、

「寒いから、もう帰ろうよ」

というので、私も急いでホテルに帰って、師のお言葉をノートに書き留めました。

そしてその後、お昼ご飯を食べてから、地下鉄に乗って当会の指導員の制服を買いに
北京市内に出掛けることにしました。

↓大好物の肉醤麺。油断すると毎日食べてしまうので、一日置きと自制しています。
北京の肉醤麺と地下鉄の入り口

自分に与えた時間は、きっかり3時間。

地下鉄で往復2時間ちょっと、買い物30分です。

戻ったら、また自主練功をしなければなりません。

武術服店に着いたら、女性の店長さんが私を覚えていてくれて、あっというまに
買い物は終わり、ホテルに戻るときっかり3時間でした。

そして、すぐに公園に舞い戻り、午後の練功に取り組みました。

この日も暗くなるまで励みました。

夜の練功の後の晩ご飯

練功の帰りに、行きつけの軽食チェーン店の新メニューを食べて、
無事一日を終えました。

つづく

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