コラム

 公開日: 2016-07-14 

太宰治と箱庭療法 ~枠の中のドラマ~

太宰治の『人間失格』(昭和23年)を読み返してみると、大変に箱庭療法的な小説であることに気付きます。
先ずは、主人公の名前が箱庭療法そのものです。
「大庭葉蔵」という名前は、「大きな庭に葉(ピース)がいくつも蔵されている」と読め、正に箱庭療法のイメージです。

大庭葉蔵という主人公の名は『人間失格』で初めて出て来るものではなく、昭和10年に発表された『道化の華』という短編小説の主人公の名として使用されています。
この『道化の華』の中で太宰は主人公の名前について、
「大庭は、主人公のただならぬ気魄を象徴してあますところがない。葉蔵はまた、何となく新鮮である。古めかしさの底から湧き出るほんとうの新しさが感ぜられる。しかも、大庭葉蔵とこう四字ならべたこの快い調和」
とたいそう気に入っています。

名前が気に入っているということは、その名を冠した主人公もまた気に入っているということです。
太宰は『道化の華』の主人公も、『人間失格』の主人公も大好きなのです。

昭和15年の短編小説『俗天使』の中で太宰は、
「あのころの事は、これから五、六年経って、もすこし落ちつけるようになったら、たんねんに、ゆっくり書いてみるつもりである。「人間失格」という題にするつもりである。」
と書いています。
つまり『人間失格』という小説は、太宰にとって長い年月を掛けて構想された大切な作品だったのです。
そして、それだけ周到な計画性を持って書かれた小説でもありました。

また、同じく昭和15年の『春の盗賊』の中で、
「私小説を書く場合でも、作者は、たいてい自身を「いい子」にして書いて在る。「いい子」でない自叙伝的小説の主人公があったろうか。芥川龍之介も、そのような述懐を、何かの折に書き記して在ったように記憶する。私は事実そのような疑問にひっかかり、「私」という主人公を、一ばん性のわるい、悪魔的なものとして描出しようと試みた。へんに「いい子」になって、人々の同情をひくよりは、かえって潔よいことだと思っていた。」
と書いており、主人公を意識的に「いい子」でない姿で描こうという意図をこの頃から持っていたことがうかがえます。

大好きな主人公を「いい子」でなく描く、という困難を、太宰はどのように解決したのでしょうか。
その答えが、『人間失格』という小説の箱庭的な構造にあります。
小説家である「私」が叙述する「はしがき」と「あとがき」との間に、「大庭葉蔵」の3つの手記が挟まれています。
「はしがき」及び「あとがき」と3つの手記との間にははっきりした枠があり、大庭葉蔵のドラマは枠の中の箱庭的空間で進行します。
そして、枠の外には、箱庭の中の出来事を客観的に見ている作者自身の眼があります。
作者はどんなに自分のことを悪く描いても、枠の内外の区別さえきちんと意識している限り、自らの安全を確保出来ます。
太宰は、枠の中で、自身の負の側面をことさら強調して描きました。

その一方で、「あとがき」は、
「私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、・・・・・神様みたいないい子でした」
というバーのマダムの言葉で終わっています。
もしかすると、これが結局、太宰が一番書きたかったことなのではないでしょうか。
オセロのように、最後の一手で黒がすべて白にひっくり返ってしまう逆転を意図したのかも知れません。

しかし、普通の箱庭療法と違って、『人間失格』の手記を書く時間は相当長く掛かったため、実際のところ安全を確保することが難しく、大庭葉蔵を描くに連れ、エネルギーを多大に消耗して、生きる気力を失い、死を呼び寄せてしまったのかも知れません。
大きな庭に葉が蔵されて、出るに出られなくなってしまったようです。
太宰は気に入った主人公と共に心中したと言えるかも知れません。

それでは何故、太宰はそこまでして『人間失格』を書きたかったのでしょうか。
昭和13年の短編小説『姥捨』の中で、太宰は次のように言っています。
「私は、やっぱり歴史的使命ということを考える。自分ひとりの幸福だけでは、生きて行けない。私は、歴史的に、悪役を買おうと思った。ユダの悪が強ければ強いほど、キリストのやさしさの光が増す。私は自身を滅亡する人種だと思っていた。私の世界観がそう教えたのだ。強烈なアンチテエゼを試みた。滅亡するものの悪をエムファサイズしてみせればみせるほど、次に生れる健康の光のばねも、それだけ強くはねかえって来る。それを信じていたいのだ。私は、それを祈っていたのだ。私ひとりの身の上はどうなってもかまわない。反立法としての私の役割が、次に生れる明朗に少しでも役立てば、それで私は、死んでもいいと思っていた。」

『駆け込み訴え』(昭和15年)ではユダ、『右大臣実朝』(昭和18年)では公暁というアンチテーゼ的人物に、太宰は自分を投影して描きました。
そして、どちらの作品でも、非業の死を遂げたイエスと実朝の優しい神々しさが心に残ります。
しかし、読者である私たちは、イエスもユダも、実朝も公暁も、どちらも共に太宰自身であることに気付きます。

『人間失格』では、アンチテーゼである大庭葉蔵が描かれるだけで、テーゼたる人物は描かれていません。
この描かれなかった人物こそ、「神様みたいないい子」だった大庭葉蔵であり、太宰治自身でした。
だからこそ、太宰はその死後、イエスや実朝のように、印象的な存在として私たちの心に残り続けているのでしょう。
「古めかしさの底から湧き出るほんとうの新しさが感ぜられる」名を持つ大庭葉蔵は、正に「歴史的使命」を果たしたと言えるのではないでしょうか。

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