コラム

 公開日: 2015-12-15 

どこまで行えば企業は安全配慮義務を果たしたといえるのか?

安全配慮義務とは

 労働者に対する安全配慮義務は、労働契約法第5条に「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と規定されています。
 労働契約法自体には罰則がありませんが、安全配慮義務を怠った場合、民法第709条(不法行為責任)、民法第715条(使用者責任)、民法第415条(債務不履行)等を根拠に、使用者に多額の損害賠償を命じる判例が多数存在します。

裁判所が求める安全配慮義務

 使用者の安全配慮義務責任を争った事例として電通事件裁判があります。
 その判決で最高裁は、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際して、兼務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことのないように注意する義務を負うものであり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。」としました。そのうえで、上司らは、本人が恒常的に著しい長時間労働に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら、その負担を軽減するような措置を取らなかったとして、会社の注意義務違反(安全配慮義務違反)を認めました。(1億6,800万円で和解)

 その他、使用者の安全配慮義務を争点とした裁判例は数多く存在します。

・労働時間を自己申告制としている場合でも、必要に応じて自己申告によって把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて、実態調査を実施し、労働者が過剰な時間外労働をして健康状態を悪化させないようにする義務(労働時間把握義務)を負う。

・会社は70時間を超える超過勤務に対して指導をしていたこと、当該従業員のタイムカードのチェックを行っていたことが認められ、長時間労働の実態を認識していたのであるから、それによる心身の健康を損なう何らかの疾患の発症を予見できたものと認められ、過重な労働を是正する措置をとる義務があったがそれを怠った。

・労働者が死亡した事案において、事前に使用者が当該労働者の具体的な健康状態の悪化を認識することが困難であったとしても、労働者の健康状態の悪化を現に認識していたか、あるいは、それを現に認識していなかったとしても、就労環境等に照らし、労働者の健康状態が悪化するおそれがあることを容易に認識し得たという場合には、結果の予見可能性が認められるものと解するのが相当である。にもかかわらず、会社は自殺をした従業員の業務負担や職場環境などに何らの配慮をすることなく、その長時間勤務等の状態を漫然と放置していた。

・使用者が、長時間労働等の実態を認識し、又は認識し得る限り、使用者の予見可能性に欠けるところはないというべきであって、うつ病等の精神障害を発症していたことの具体的認識等を要するものではない。長時間労働の是正について、具体的、実効的な措置を講ずるのを怠り、安全配慮義務を怠っていた。




安全配慮義務に対する裁判所の新たな判断

 このように、企業の安全配慮義務違反が問題となる場合では、長時間労働が存在しており、企業がそのことを認識しているか、または容易に認識し得るのであれば、従業員の健康状態の悪化について予見可能であったとされ、企業の安全配慮義務違反が認められる可能性が高くなります。
 一方で長時間労働などの業務過重の事実がない場合には、業務に起因する精神疾患の罹患は予見不可能であったとし、使用者の安全配慮義務違反については否定される傾向があります。

 ところが、長時間労働の事実がなく、うつ病罹患について認識することは不可能であったが体調不良を把握していた以上、安全配慮義務の一環として体調不良の具体的な内容や程度等についてより詳細に把握し、必要に応じて産業医等の診察を受けさせるなどしたうえで、従業員自身の体調管理が適切に行われるように配慮し、指導すべき義務があったとして、慰謝料の限度で使用者の責任を認めた判例(ティー・エム・イーほか事件:東京高判平27.2.26)があります。

 この事件では、うつ病罹患については認識可能性がなかったとしながら、次のように企業の損害賠償責任を肯定しています。すなわち、「体調が十分なものではないことを認識することができていたのであるから、本人や家族に対して、単に調子はどうかなどと抽象的に問うだけではなく、より具体的に、どこの病院に通院していて、どのような診断を受け、何か薬等を処方されて服用しているのか、その薬品名は何かなどを尋ねるなどして、不調の具体的な内容や程度等についてより詳細に把握し、必要があれば、産業医等の診察を受けさせるなどした上で、本人自身の体調管理が適切に行われるよう配慮し、指導すべき義務があったというべきである。」として、使用者に安全配慮義務違反があったと認定したのです。その上で、自殺に関しては、予見可能性がないため安全配慮義務違反との間で相当因果関係が認められないとしながら、慰謝料200万円の限度で企業の損害賠償責任を肯定しています。

 これまでの判例では、精神疾患への罹患あるいは業務の過重性等についての認識・予見可能性がなければ、企業の安全配慮義務違反は否定される傾向にあり、実際、上記事件の一審判決では、使用者の安全配慮義務違反が否定されていました。しかし、この判決では、使用者は従業員が何らかの体調不良の状態にあることを認識していたのであれば、安全配慮義務の一環として、通院先、診断された病名、処方されている薬の有無やその薬品名等の確認をしなければならないとしたものであり、使用者にとっては「そこまでやらなければならないのか」と考えてしまう内容となっています。
 
 また、従業員側が健康診断において精神面の不調等を訴えておらず、うつ病に罹患しているとの診断書を提出していないのは、解雇等を恐れて開⽰しなかったと考えられるとしており、また、従業員がそのような不安を抱くようになった原因の⼀つとしては、使⽤者側の従業員に対する日頃の対応にあったのではないかと考えられ、使⽤者の従業員に対する安全配慮義務の履⾏が⼗分なものでなかったことを推認させるものであるとしています。
 
 しかしながら、必ずしも解雇等を恐れていなくとも病名、ましては服薬している薬の名前まで開⽰したくないと考える従業員は当然に存在するでしょうし、従業員が病名等を開⽰しないことをもって使⽤者側に問題があるのではないかといった推認は、少し飛躍し過ぎではないか感じます。

実務上どのように対応するか

 それでは、この判決を受けて実務的にどのように対応すればよいのでしょうか。

 まず従業員の体調不良を認識した場合には、業務起因性の有無や業務遂行に支障を来しているかどうかには関係なく、本人のプライバシーを侵害しない範囲で、可能な限り体調面に関する情報を収集し、本人とコミュニケーションを取り、産業医や医療機関への受診勧奨、業務軽減措置又は休職の必要性の検討等、より積極的に従業員の体調管理に配慮することが必要になってきます。

 当然、従業員が病名等の情報を開示しない場合もあるでしょう。その際には、いつ、誰が、どのようにコミュニケーションを取ったのか、それに対する従業員の回答はどうであったか、などの記録を取っておくことが、その後のリスクを考える上で重要な作業となります。


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