コラム

 公開日: 2013-04-25  最終更新日: 2013-05-08

高村光太郎『レモン哀歌』について、解説をさせていただきます その①

 今年に入ってから、これまで多くのアクセスをいただいた記事のうち、特に注目して下さった方の多かった(キーワードより)『レモン哀歌』について、高村光太郎をこれからしっかり学ぼうという方を念頭に、すこし解説をしてみたいと思います。

 この詩が発表されたのは、昭和14年(1939)2月です。光太郎の生涯の伴侶であり、その芸術のこよなき理解者であった智恵子は、前年の10月5日に亡くなりました。粟粒性肺結核がその直接の原因ですが、遡ること七年、智恵子は精神を病み、光太郎とのアトリエ暮らしをつづけることができなくなって、転地療養と都内での入院生活を余儀なくされました。作品中7行目の「ぱつとあなたの意識を正常にした」、12行目の「智恵子はもとの智恵子となり」は、このことをふまえて読むと、切なさがつのります。

 ふたたび作品を、引用させていただきます。

  レモン哀歌
                高村光太郎

 そんなにもあなたはレモンを待つてゐた         
 かなしく白くあかるい死の床で             
 わたしの手からとつた一つのレモンを          
 あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ          
 トパアズいろの香気が立つ               
 その数滴の天のものなるレモンの汁は          
 ぱつとあなたの意識を正常にした            
 あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ          
 私の手を握るあなたの力の健康さよ           
 あなたの咽喉に嵐はあるが               
 かういふ命の瀬戸ぎはに                
 智恵子はもとの智恵子となり              
 生涯の愛を一瞬にかたむけた              
 それからひと時                    
 昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして          
 あなたの機関はそれなり止まつた            
 写真の前に挿した桜の花かげに             
 すずしく光るレモンを今日も置かう           
 
 (表記は、旺文社文庫『高村光太郎詩集』北川太一編 によります)

 そして15行目の、「昔山巓でしたやうな深呼吸」は、上高地滞在中の光太郎を、当時『青鞜』の表紙絵を描くなど「新しい女性」の一人として注目され、この頃は光太郎との交際を批判的に取り沙汰されてもいた長沼智恵子がたずねてゆき、生涯ともに生きていくことを確かめあった、二人の原点ともいうべき山行きのことを指します。

 作品というものは、作者がそれを発表した時点でその手をはなれ、後はいかようにも解釈されるものであるとともに、読者が背景などを知らなくとも何かを伝え得るものであることに、価値があります。

 が、光太郎と智恵子の愛と生涯を凝縮したこの『レモン哀歌』において、二人の年譜の中のこれだけの事実を知ることで、作品を味読したい読者の作品への理解は、より深まるだろうと思われます。

 ひきつづき、こうした視点を中心に、『レモン哀歌』の解題を掲載させていただく予定です。

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