コラム

 公開日: 2015-03-25  最終更新日: 2016-06-28

治療例の紹介 不妊症

鍼灸治療の全盛期だった江戸時代の上層階級にとっては跡継ぎの問題は時として深刻で、鍼灸治療による不妊治療というものが盛んに研究されていたという文献が残っています。

ポイントは食欲や睡眠といった基本的な全身の状態を整えることと、骨盤の中央に位置する仙骨周辺の鍼治療であると思います。

性別

女性

年齢

40歳代

主訴症状(最もお困りなこと)

不妊症

随伴症状(主訴以外の症状・体質)

疲れやすい、立ちくらみがある、冷え性、低血圧症、胃がもたれる

診察(初診時)

2年前に第一子出産。第一子の際も不妊治療をされ、人工授精で妊娠された。出産時に過呼吸になり、意識不明となる。第二子の妊娠、出産を希望されていて、人工授精を行い、9ヶ月前に妊娠するが流産。流産による手術を受けた。今後も妊娠、出産を希望されている。

体質的には、冷え性、疲れやすさがある。それに伴い、立ちくらみ、肩こり、眼精疲労がある。仕事のストレスで、腹痛がたまに起こる。お子さんを抱えた時などに腰背痛がある。低血圧ぎみ。生理前に感情が不安定になり、鬱状態になることがある。

身体の冷えが強く、気血両虚(気と血液が共に充分でない状態)に思える。施術中や施術後は、身体が温まるようで、眠気もあり、リラックスしているようにみうけられる。リラックスできる状態とは、副交感神経優位の状態であり、鍼灸治療の効果の代表的な現われであり、効果が出やすいタイプに思える。

治療内容

妊娠したいというご本人の意思は強いものがあるが、まずは身体全体の状態を高め、冷え性、疲れやすい、胃腸の不調、立ちくらみ、低血圧ぎみ、といった症状を改善させ、特に胃腸の状態を改善し、栄養がしっかりと吸収できるようになれることを妊娠に向けての体作りとしたい。

次に、腰部、骨盤部の治療を積極的に行うことで、生殖器を支配する神経の停滞を改善させ、組織が活性化することによって、妊娠しやすい身体を作ることを目指す。栄養の吸収を高めることと生殖機能を活性化することは別々のことではなく、身体全体の状態を上げることであり、治療は全体を捉えながらの治療となる。

鍼は、頸部、肩部、腰背部、仙骨部の張りや硬さがとれるように行ない、特に右仙骨部の経穴名でいう「次りょう」の硬さを解消することが最重要に思える。

経過

初診 10月16日
治療中は、ご本人は鍼の感触が心地良く、眠くなる。治療後は、顔色も良くなり、血液循環が良くなったようにみえる。

第2回目 10月24日
前回の治療後、ご本人は背中が楽になるが、前回の治療の3日後には以前と変わらないようになる。ご本人は体温が以前より高く感じる。ストレスが溜まると胃の辺りがチリチリと痛む。 治療後、ご本人は身体がスッキリした感じがある。

今日は、前回よりも消化器系に関連するツボと仙骨上の治療に重点を置いた。

第3回目 10月30日
ご本人としては、背部の疲れがとれてきた。今週から生理が始まり、風邪も引き始めた。

生理中のせいもあってか、ご本人は鍼に対してやや敏感な感じがある。今回も仙骨上の治療に重点を置く。治療後はご本人はスッキリして元気が出る感じがある。治療中は眠い。

第4回目 11月6日
先週の風邪はつらかったが、今日はほとんど全快した。食欲はあり、胃痛もない。

今日も仙骨上を重視したが、腰部の鍼の感触はあまりはっきりとしない。

第5回目 11月16日
人工授精を受けたが今回は成功しなかったよう。咳が少し残るが胸痛がするほどではない。胃痛は最近はない。

今日は頸部にも硬さがあった。引き続き、仙骨上の治療を重視し、腰椎2番と3番の間の「命門」にも時間をかけた。

第6回目 11月20日
咳はなくなり、胃痛もない。週の後半でも疲れを感じずに過ごせた。このような変化は体全体の状態が上がってきているように思える。

治療中に、背部の硬さに緩みが現われてきていて全体的にも体が緩んできているように感じる。

第7回目 11月23日
あまり疲労感はないが、生理前で眠気が強く、集中力がない感じがする。

今日は、やや腰背部が前回よりも硬く、仙骨上も今までの右よりも左が硬い。体が変化してきているように思える。

第8回目 12月4日
ご本人で妊娠検査薬で妊娠の反応があった。明日、産婦人科で検査予定。 眠気が強く、少しめまいがすることがある。食欲がある時とない時の差が激しい。胃痛もある。背中の張り、痛みも少しある。

頸部の硬さがとれている。背部の硬さも鍼をすると容易に緩む。腰椎4番付近の鍼に時間をかける。仙骨部は良い状態で、鍼をする必要がなかった。

第9回目 12月12日
産婦人科でも妊娠が確定。悪阻(つわり)が始まっている。第一子の時ほどではないが、空腹時に悪心があり、食べると口が苦い。脂っぽいものと甘いものは食べれない。ごはん類は食べられる。

今日は、消化器系のツボに重点を置く。右胃兪の鍼の感触はしっかりとしたものがあった。懐妊を機に、仙骨部の硬さが気にならなくなった。

第10回目 12月19日
先週よりも悪阻がつらい。空腹時と食後は悪心が強い。第一子の妊娠3~4ヶ月の時も悪阻は強かった。

背部の張りはだいぶとれているように思える。腰部の鍼の当たりはあまりはっきりとしない。命門を重視した。

第11回目 12月28日
食欲が出てきた。空腹時、食後に口が苦くなり悪心がある。 悪阻は軽度のものになってきている。

脈が前回よりも落ち着いている。頸部は右、背部は左、腰部は右に硬さがある。命門、腎兪に時間をかける。

第12回目 1月15日
食欲旺盛で食べ過ぎてしまうことがある。

左右の肩甲骨の内縁にあった張りはだいぶとれてきている。

第13回目 2月6日
悪阻はほとんどなく落ち着いてきた。眠気が強い。今週は肩こりが強く、腰痛も少しある。便秘ぎみ。

全体的に鍼に対して体が素直に反応しているように思える。

第14回目 2月19日
腹部が出てきていて、腰痛がある。

左右の腰椎4~5に硬さがあり、鍼はしっかりと当たりよく緩んだ。腹部の重さで腰と背中に負担が今までよりもかかっているように思える。

第15回目 2月26日
週の後半に腰痛が増す。眠気が強い。便秘は改善されてきた。

腰部は右のほうが硬く、負担がかかっている。

第16回目 3月5日
胃痛がある。よく寝れない日があり、その翌日に胃痛がある。腰痛もある。

胃のツボに反応あり。仙骨上に硬さが目立つ。

第17回目 3月18日
胃痛は気にならなかった。腰背痛がある。

腰背を緩むように施術。

第18回目 3月22日
立ちっぱなしの時に腰痛がある。肩・背部の張りも強く、目の疲れもある。胃痛はなくなってきたが、食後に悪心が少しある。

腹部が大きくなってきたことに伴い、うつ伏せで鍼を受けるのが難しくなり、横向きで治療した。腰部を中心に治療を行い、ご本人は治療後、腰がかなり楽になったと言っていた。

第19回目 4月8日
腰痛がある。肩こりは少し気になる程度。胃痛なし。

腰部はしっかりと鍼が当たり、手応えあり。

第20回目 4月15日
何か重いものを持ったりしなければ腰痛はない。便秘ぎみ。肩・首は午後になってくるとつらくなってくる。

肩甲骨の高さと腰部を中心とした治療を行う。

治療期間

10月16日~4月15日 計20回

治療間隔(頻度)

治療間隔 週1回

考察

初診から約1ヶ月半で妊娠され、その後の妊娠初期時から安定期に入られる時期に鍼治療に取り組んでいただきました。

この患者さんの場合、人工授精での妊娠を希望されていたということで、今までも様々なことを試してこられたようでしたが、鍼治療に行き着き、良い結果に結びついたケースだったと思います。

治療開始当初は、消化器系の症状が目立ったこともあり、まずは消化器系を強化し、栄養がしっかりと吸収できる身体を目指すことから治療を開始しました。徐々に胃痛などの症状が軽度のものに変化しました。また、それと同時に、生殖器を司る腰部や仙骨部の滞りを解消するための治療も積極的に行ないました。こうした治療を続けていき、約1ヶ月半後に妊娠されました。

妊娠が確定後も治療を継続し、身体のバランスを整えることを意識しながらの治療となりました。腹部が大きくなるにつれ、下腹部が下方に引っ張られることもあり、また妊娠前よりも日常動作においても、腰部の負担が増すこともあり、腰部や背部の張りが強くなることがよくありました。そうした腰背部の張りをとることも意識しました。

妊娠4ヶ月の時点で、患者さんご自身が他県に引っ越されたこともあり、その後の治療、ケアを行なうことができませんでした。本来ならば、妊娠前から、妊娠初期、安定期を経て、出産前まで鍼を受けられるほうが、出産時がスムースで出産後の体調にも好影響があると思われます。

出産時には骨盤が開いたり閉じたりすることで、骨盤のズレが生じやすく、出産時の骨盤や仙腸関節のズレがその後の腰痛の原因となる場合があります。また、出産時に本来静脈血として回収されるべき血液が体の組織に留まり、冷えや循環不全の原因となる瘀血(おけつ)が起こりやすいこともあり、産後のケアに鍼治療は大変有効に思えます。この患者さんも出産直前までや出産後にも鍼治療に取り組んでいただけたらよかったのですが、その点だけが残念でした。

不妊治療という点では、必ずしも鍼治療だけで良い結果を得られたとは思いません。妊娠は、その患者さんの体の状態ばかりでなく、環境面や、特にメンタル的な要素などの目には見えない力に大きく影響されることもあると思うからです。それでも、鍼治療によって、体の滞りを解消し、消化器系症状が改善し、よく眠れるようになれたことなどは、妊娠・出産を実現するにあたっての基本的な下地となったといえるのではないかと思います。また、骨盤の中央部の仙骨周辺の硬さ、滞りを解消していくことで、生殖器につながる神経が活発化し機能が高まったことも考えられます。
不妊症の症例①
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鍼灸院 鍼神尾
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